はじめに
今回は、いわゆる投資本ではありませんが、1つの上場企業にフォーカスした書籍として、本書をピックアップしました。
ワークマン(7564 ジャスダック)を、多くの方はご存じでしょう。かつては、職人を主要な顧客とする作業服専門店であったのが、近年は、ワークマンプラスというブランドを立ち上げて、一般の人向けのカジュアルな商品を販売し、人気は急上昇。それに伴い、株価も、2017年までの2000円に届かない水準から、現在では10000円前後に右肩上がりとなっております。
本書の著者である酒井氏は日経クロストレンド記者で、ワークマンの土屋哲雄専務を主人公に据え、同社への取材結果をもとに本書を著しています。アイデアマンの土屋氏による数々の新たなビジネス戦略の導入と、それが生んだ効果を中心に著しており、経済記者の面目躍如といったところです。
そして、本書には、ワークマンの社長が一切、登場しません(ちょっと気の毒です)。さながら、土屋専務物語、とでもいうべき内容となっております。
本書の導入部分
本書は、目次の前にイントロダクションというべき部分があり、そこで、ワークマン1号店(1980年。群馬県伊勢崎市)立ち上げからの経緯と、2018年9月の新業態ワークマンプラスの立ち上げで、商品を変えずに売り上げを既存店平均の2倍にしたことが紹介されています。
単なるイントロダクションと思いきや、これが結構長め。この部分を読むだけでも、本書のエッセンスはわかるような構成になっております。
本論-土屋専務物語
主人公登場
2012年、土屋哲雄氏(三井物産出身)が、定年後、CIO(最高情報責任者)として入社したところから始まります。
同氏は、2年間はワークマンを観察し、同社において業務のマニュアル化が徹底され、効率性は評価しつつも、仕入れ品を売るだけではブランド力はつかず、成長は限界であることを看破します。
そこで、低価格かつ高機能なPBのカジュアルウェアを集めた新業態開発を企図し、ワークマンプラスが誕生しました。
ワークマンプラス誕生により、それまでのワークマンと大きく変わったのは、自社ブランドの商品を持った結果、それまで徹底していた、在庫を持たないという方針を転換したことです。在庫を全く持たずにPBを展開するのは不可能ですからね。
主人公の活躍
土屋氏は、新たな戦略を次々と導入、実施していきます。
データ分析
社員全員をエクセルに精通させ、社外のデータサイエンティストなどに頼らず、データ分析を各自ができるようにしています。エクセルって、結構、OJTで何となくマスターする人が多いと思うのですが、ワークマンではそれを組織的に行ったのです。
仕入れの自動発注
各店舗に仕入れ自動発注システムを導入し、ボタンを押すだけで売れ筋の商品が店舗に届く体制を築きます。各店舗の在庫管理と商品の発注は、重要である一方、店舗にとって大きな負担なので、これは店舗の責任者は大助かりですね。
メーカーからの全量買い取り
社内のデータをメーカーに開示し、納品の量をメーカーの判断に委ね、すべて買い取る方針を取りました。トヨタの看板方式とは対極で、在庫が本社に生じるリスクがありますが、メーカーは大助かり。メーカーとの信頼関係構築につながったそうです。
値段を最初に決める
生産コストから商品の値段を決めるのではなく、あらかじめ商品の売値を決め、その中でできる限りの品質を追求するスタンスを取りました。安価で高品質な商品はこうして生み出されるのですね。
インフルエンサーの囲い込み
同社の作業服を愛用するバイク乗りやキャンパーが、ブログやユーチューブなどの媒体を利用して同社の製品を知ったことを突き止め、そのようなインフルエンサー(ブロガー、ユーチューバー)を製品開発アンバサダーに任命し、共同開発をするようになりました。
ただし、インフルエンサーからの批判的な意見が出なくなることを回避するため、インフルエンサーに報酬は支払わず、その代わりにPV数やフォロワー数などが伸びるように新製品情報を優先的に紹介するなどの便宜を図っている、とのことです。
つたないブログを書いている私としても、興味をそそられる部分です。個人のブログもバカにしたものではありません。
思い切った演出によるメディアの利用
兵庫県西宮に海外のアパレルが進出してくるのを逆手に取り、「西宮戦争」と銘打った広告で自社の店舗の宣伝をしたり、
送風機や降雪機を使用することにより、自社製品の荒天に対する耐性を強調した「過酷ファッションショー」なるものを開催しました。
いずれも、メディアがこぞって取り上げ、広報としては大成功だったようです。
出店に関する工夫
1つの店舗で、時間帯ごとに、ワークマン(職人向け)とワークマンプラス(一般向け)を切り替えた一方、別の店は、よりカジュアル色を強めるなど、店舗ごとに業務の仕方を工夫することにより、従来の主要顧客である職人を大切にしつつ、新規の顧客を獲得することに成功したとのことです。
また、同社は、職人の業務用の商品を販売していることから、一部を除き、コロナ禍による緊急事態宣言下でも店を開ける決断をしました。これにより、職人が従来通り同社の製品を愛用し、業績が落ちなかったようです。これは、同社の店舗が、街中でなくロードサイドに多いというのこともプラスに働いたとのことです。
フランチャイズ(FC)オーナーとの関係
同社の店舗には、直営店もありますが、FCによるものが大半で、オーナーとの関係構築には尽力しているようです。
具体的には、一定の業績を上げれば報奨金支給をする、無理のない業務体制とするために休暇を増やす、といった施策を取り、その結果、親子二代にわたるオーナーも存在するとのことです。
某コンビニで、FCオーナーの労務環境に関する問題が生じたこともありましたし、本社とFCオーナーとの信頼関係が構築できているのは経営上の大きなアドバンテージになりますね。
今後のワークマン
主人公の土屋氏は、今は具体化していない二の矢、三の矢にも言及しています。具体的には、職人が主要顧客であった名残から、どうしても女性客が少なくなる、という弱点を克服するための女性向け専門店や、同社の得意とする機能性商品を前面に押し出した、機能性シューズ専門店、雨の日用アイテム専門店、などの構想が語られています。
また、現在、同社の店舗は1000店弱ですが、1500~2000店は出せる能力はあると土屋氏は語っています。そして、国内に空白地がまだまだあるので、海外に出る必要はない、とのことです。日本国内で、貪欲に成長を目指す戦略のようですね。
同書を読了して
2020年8月11日、同社は2021年度3月期第1四半期決算を公表しました。
それによれば、前年同期比で売り上げ24.7%増、営業利益30.5%増、経常利益28.9%増、四半期純利益30.4%増で、四半期EPS50円98銭、とのこと。コロナ禍の影響も皆無ではないはずですが、それを全く感じさせない素晴らしい決算内容です。
これも、本書に書かれたような、種々の戦略があってのことなのでしょう。本書を読まれた方は、とりあえず、同社の製品を購入したくなると思います。実際、私も買いました。
とはいえ、2017年から5倍に高騰している同社の株式を買うかは別の問題。先にも述べたとおり、同社の土屋氏は、まだまだ店舗を展開するポテンシャルはあるとみていますが、私としても、同社で買い物しつつ、成長性を見極め、株価動向をチェックしたいところです。追って、本ブログで銘柄紹介の記事もまとめてみたいと考えています。