1.著者について
今回は、投資本ではありませんが、近代以降の経済グローバル化の問題点を指摘した「国家・起業・通貨 グローバリズムの不都合な未来」を紹介します。
著者の岩村充氏は、日銀の参事を経て、早稲田大学の教授をされている方で、本書の前に、「貨幣進化論 成長なき時代の通貨システム」、「中央銀行が終わる日 ビットコインと通貨の未来」を著しており、本書は、それらの前著と合わせた3部作の完結編という位置づけである、とのことです。
本書は、平易な言葉や、本文の合間に、「パネル」と呼ばれる、興味深い内容のコラムを挿入するなどして、読みやすい作品になっていますが、内容はかなり高度で、正直、本書の書評を書くと決めたことをいささか後悔しました。しかし、著者の過去の著作の集大成であり、後に述べるとおり、現代貨幣理論(MMT)やリブラなどの最新の論点にも言及するなど、著者の熱い思いが感じられましたので、私も頑張って読了し、書評を書きました。
2.本書の内容・構成
(1) 第1章、第2章では、近代以降の資本主義の発展(株式会社や中央銀行の誕生など)を概観しつつ、固定為替相場制から変動為替相場制を経て、国際的な資本移動の自由化が進み、世界が新しいグローバリスムの時代に入っていったとします。この辺りは、質の高い歴史の教科書を読んでいるような感じですね。
(2) 第2章の最後では、知識がデジタル情報で活用されるようになり、企業活動がデジタル化されたこと、すなわちデジタライゼーションがグローバリズムを促進した、とし、その結果、世界各国の国内での貧富の差が拡大している、と指摘します。
(3) 第3章では、デジタル化された情報のやり取りが国境を越えてなされるようになり、それまで絶対的な存在であった国家の地位は相対化し、それに代わって、グローバル企業の求心力が高まった、とします。
(4) 第4章では、デジタル化された情報は、物理的な資源と異なり使い減りしないため、それを知的財産として確保した企業に大きな利益をもたらし、また、GAFA(特にグーグルとフェイスブックを念頭に置いているようです)などの巨大企業は、SNSや検索エンジンを通じ、いつの間にか人々の考えにも影響を及ぼす、と警告しています。本書のキモの部分に近づいてきました。
(5) 第5章の前半では、ベストセラーとなったピケティ著「21世紀の資本」の「r>g」(資本収益率>経済成長率)を引き合いに、自由主義経済下では、本来は、神の見えざる手により、収益率rが投資リスクを適切に織り込むので、r=gとなるはずだが、こうならないのは、現代においては中央銀行が、経済成長のために金利を無理やり低く抑え込んでいるからだとします。
(6) さらに、第5章の後半で、結果として、中央銀行によるr>gの定着が、既存の通貨理論との決別を主張するMMT(現代貨幣理論)や、中央銀行の発行しない通貨であるリブラのような発想を生み出したとします。著者はMMT、リブラには批判的な目を向けつつも、問題は、通貨量の増減により物価や景気を自在に操ろうとすることだけに注力する中央銀行にある、としています。日銀出身の著者の面目躍如ですね。
(7) そして、最後の第6章で、情報を特定の個人や企業が独占するようなAI化の危険性や、格差を助長しかねない移民受け入れのマイナス面にも言及し、グローバリズムは豊かさだけをもたらすものではない、と結論付けています。
3.本書の感想
冒頭にも述べたとおり、本書の内容は高度で、また、著者は本書を、著者の前作を合わせた3部作の完結編としており、これらの前作を読んでから本書を読む方が理解しやすいかもしれません。この点、私はいきなり本書を読んだため、あるいは誤解している部分があるかも、と危惧しています。
ただ、文章そのものは読みやすく、本文の合間に挿入された「パネル」も、興味深い内容のものが多く、理解を助けてくれます。
本書は、株取引の本ではありませんが、株式会社のよって立つ資本主義経済体制の課題を掘り下げた作品であり、また、近時の発行であるため、冒頭に述べた現代貨幣理論など最近の興味深い論点にも触れており、株式投資家も一読する価値のある本だと思い、今回、紹介しました。
なお、本書は、最近の本とはいえ、2月発行のため、世界的なコロナ禍の広がりには言及していません。願わくば、コロナ禍とグローバリズムとの関係についての著者の見解を伺いたいところでした。